皆さんこんにちは!フランス音楽留学アドバイザーの袴田美帆です。
今回インタビューにご協力くださったのは、パリ地方音楽院のピアノ科とパリ国立高等音楽院の伴奏科修士課程を修了し、昨年日本に完全帰国された鈴木詩音さんです。
地方音楽院での課程選びでネックになった年齢制限のお話や、留学生活で一番の思い出となったという伴奏科の修了試験について。
また、渡仏する際には、なんと物件詐欺の被害に遭われたとのことで、その貴重な体験談もお話しいただきました。
鈴木 詩音 Shion Suzuki
札幌大谷大学芸術学部音楽学科ピアノコース 演奏クラスを芸術特待生として卒業後に渡仏。パリ地方音楽院ピアノ科コンサーティスト課程を卒業しパリ国立高等音楽院ピアノ伴奏科第二課程にて審査員満場一致の最優秀を受賞。
平成28年度札幌市民芸術祭新人音楽会に出演し大賞、2023年レ・クレドール国際コンクール(仏)Excellence部門第2位受賞。第19回リスト音楽院セミナー、第26回京都フランス音楽アカデミーを受講、優秀受講生に選出され各受講生コンサートに出演。
これまでに石橋克史、ビリー・エイディ、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ、大津由美、アリアンヌ・ジャコブ、フィリップ・ビロス、棚田文紀の各氏に師事。
留学のきっかけ
袴田:まず、留学のきっかけから教えてください。
鈴木:大学生になった頃から、漠然といつか留学したいなっていう気持ちはありました。
当時から、授業や試験の伴奏などで人と演奏するのが楽しくて、その中でもフランスものの室内楽作品が好きだったんです。
高校生の頃は、当時習っていた先生がドイツに留学されていた先生だったから、ドイツやオーストリア留学も考えてはいたけど、フランスの方がしっくりきたのでフランス留学を考え始めました。
袴田:フランスものの室内楽作品の音色と響きって、すごく綺麗ですよね!
鈴木:そうなんです。その後、大学3年生の終わりに「実際にフランス人の先生に習ってみたいな」と思って、京都フランスアカデミーを受けました。
その時に初めて、フランス音楽の空気感を肌で感じて「やっぱりフランスに行きたい!」と思ったのが、最終的なきっかけですね。
当時受講した先生は、申し込みのチラシにはパリ地方音楽院(=以下CRR)で教えていると書いてあったのですが、受講した時にはCRRにはいらっしゃらず、スペインの音楽院で教えていたので、フランスでその先生に習うという選択肢はなくなっていました。
袴田:ちょうど先生が移動されるタイミングだったんですね。
鈴木:なので、どこの音楽院にしようかな、どんな教授がいるんだろう、と色々調べていたのですが、ピアノ科で大学4年生だと、結構年齢制限に引っかかってくる頃なんですよね。
なので、まだ自分の年齢でも入れるところを探していると、CRRのConcertiste課程(ピアノ科)の情報が見つかって、教授のリストとかも見ていました。
そうしたら、大学(札幌大谷大学)で唯一フランス留学をした先輩が習っていた、ビリー・エイディ先生の名前があって。
当時ビリー先生には興味があったので、先生が教えていらっしゃったニースの講習会(なんの??講習会だっけ??)に参加することにしました。
その時、先生のレッスンがすごく難しく感じて、この先生には長期的に見てもらわなきゃ駄目だと思い、それと同時に、この先生となら成長できそうな気がする、と感じたので、先生のクラスに入ろうと思うようになりました。
その後、秋頃にビリー先生がちょうど東京にいらっしゃった時、個人レッスンをお願いして、その時に「先生のところで勉強したいです」とお伝えしたら「CRRは受験があるけど、もし受かったら是非クラスにおいで」と言っていただけたので、本格的にCRRを受験する準備が始まりました。
袴田:それはいつの話ですか?
鈴木:ちょうど大学を卒業した後、研究生として大学に残っていた2017年のことです。
物件詐欺から始まった留学生活!?
袴田:何か留学準備で困ったことはありましたか?
鈴木:一番困ったのは、渡仏して早々物件詐欺に遭ったことですね!
袴田:え!そんな事があったんですか!詳しく聞かせてください。
鈴木:そうなんですよ。実は僕が留学するときに、ちょうど北海道から3人の同級生が同じタイミングで留学すると聞き、みんなで色々と情報交換をしていたのですが・・・
物件探しをするタイミングで、そのうちの1人の子が、日本人向けの掲示板に「物件を探しています」と書いてしまったんです。
そうしたら「私物件持ってますよ」と返信をくれた日本人の女の方がいて。
そこから彼女は、僕たち3人にそれぞれ物件を紹介してくれて、学校の登録の仕方やビザ申請の仕方など、親身になって色々教えてくれました。
連絡も早いし、学校の書類や生活面でもサポートしてくれて、助かった部分もあったのですが・・・
いざ物件の契約をするとなった時に、契約書を作ってもらえなかったんです。
今ならここで怪しいと思うはずなんですが、当時は家の契約の仕方なんて分かりませんでしたし、まさか自分たちが詐欺に遭うなんて思いもしなかったので、言われるがままにお金を振り込んでしまいました。
袴田:それは何のお金を振り込んだのですか?
鈴木:保証金(家賃1ヶ月分か2ヶ月分)という名目でした。
当時はありがたいことに親がやりとりしてくれていたので、僕も正確な金額は覚えていません・・・
袴田:親御さんでも引っかかってしまうなんて、さぞかし巧みなテクニックだったんでしょうね。
鈴木:はい!とにかく口が上手な人で、お金を振り込んでからも連絡が途切れることはなく、「ちょうど、夏のバカンスは日本に行くから、北海道に旅行がてら、みんなに鍵を渡しに行こうかな〜!」みたいなことも言われて、みんな信じてしまったんです。
でも、そもそもその時に送られてきた住所をしっかり確認していれば、3人ともこんなことにはならなかったと思うので、今思うと悔しいです。
袴田:知らないことだらけだと、疑う余裕もないですよね・・・それでその家はどうなったんですか?
鈴木:渡仏直前に「家が水漏れをしてしまって、家が水浸しになったから急遽工事をしなきゃいけない」と言われたんです。
北海道の子たちも同じような口実で家に入れないと言われて、みんな数日間はホテルを探すことになりました。
そこからも、待っても待っても家に入れなかったので、ここでようやく詐欺だと判明しました。
しかも、その女に取られたのは保証金だけじゃなくて「いい中古のピアノを見つけた」との連絡をもらい、写真付きで送られてきたので、ちょうどいいタイミングだったし購入するつもりで送金してしまったんです。
そのピアノはスタインウェイで、10〜20万くらいで、今考えるとそんなのあるわけがないのですが、北海道から出たこともない田舎の少年だった僕は信じてしまったんですよね。
もう一人のピアノの子なんて、入居日に合わせてピアノを入れる予定だったのに、ピアノ業者だけが架空の住所にピアノと共に来てしまって、本当に大変でしたよ!
袴田:信じられません。それは大変でしたね、お友達もみんなターゲットにしてしまうなんて、その女性は酷すぎますね。
これを読んでいる皆さんが物件詐欺に遭わないよう、気をつけるべき点を教えていただけますか?
鈴木:もちろんです。
・まずは、よく人を見る。本当にちょっとでも「あれ?」と違和感を感じたら、その直感を信じた方がいい。
・契約書を交わす前に送金はしない。
・実際に家を見るまでは物件の契約をしない。
・ネットの情報を全て鵜呑みにしない
・ネットを通じて相手から近づいてきた人はまず信用しない。
・「誰にも言うな」と言われても、絶対に外にSOSを出す。助けてくれる人は、必ずいる!
もう、これに尽きますね。留学準備で焦っていると、ちょっと怪しいことがあっても「まさか自分が」と思って疑うのをやめてしまいがちですが、その「怪しい」という感覚は絶対に信じてください!
パリ地方音楽院での留学生活、伴奏科との出会い
袴田:では話を戻して、留学されたパリ地方音楽院についてお話いただけますか?
鈴木:最初はCRRのピアノ科のconcertiste 課程を受験し、無事合格できてビリー先生の元で勉強を始めました。
CRRのConcertiste 課程では何でもいいので授業を一つ取れば良かったので、隔週で行われていた伴奏法(伴奏科に入るための基礎的なことを行う授業)を受けることにしたのが伴奏科との出会いです。
そこで教えていたアリアンヌ・ジャコブ先生は生徒一人一人のレベルをしっかりと把握し、苦手な分野に対してどのように対策していくかを明確にレッスンしてくれる先生でした。
そんなアリアンヌ先生の授業が面白くて、その時に初めてフランスの伴奏教育を学んでみたいと思いました。「伴奏科っていう学科もあるんだ」というのも知りました。
なので、ピアノ科のConcertiste課程2年目に、CRR伴奏科のSpécialisé課程(伴奏科は年齢制限がピアノ科よりも高い)を受験して合格し、ピアノ科と並行して在籍していました。
袴田:CRRには毎年多くの方が入学を希望すると思うので、Spécialisé課程・Concertiste課程のことや、ピアノ科と伴奏科の年齢制限についてもう少し詳しく教えていただけますか?
鈴木:はい、当時僕は大学を卒業して1年経った歳(22〜23歳)だったのですが、既にピアノ科のSpécialisé課程の年齢制限を超えていて、受験資格がありませんでした。
しかも、唯一受験資格があったConcertiste課程も、その時がラストチャンスか、誕生日によってはあと1回かくらいだったので、結構焦りました。
それに対し、伴奏科は年齢制限がかなり上になるので、ピアノ科で一通り学んだ後でも間に合うと思います。
袴田:貴重な情報をありがとうございます!
パリ国立高等音楽院の受験、そしてコロナ禍へ
袴田:CRRの伴奏科のお話に戻りましょう。
鈴木:CRR伴奏科での最初のレッスンで、「パリ国立高等音楽院(=以下CNSM)を受験しないか」と言われて、せっかくパリにいるのだから、やれるところまでやってみようと思い、伴奏科(器楽)の修士課程を受験することにしました。
そして無事合格をいただいたのですが、受験が終わってすぐにコロナ禍になってしまったんです。
その年はピアノ科も伴奏科も学年末試験がなく、結局CRRの伴奏科にいたのは初めの半年だけで、翌年はCRRの伴奏科を辞めて、CNSMの伴奏科に集中することにしました。
なので、2020年度はCRRのピアノ科のConcertiste課程3年目とCNSM伴奏科修士課程の1年目をダブルスクールしていました。
CRRの伴奏科でもっと、伴奏法を勉強してからCNSMに入れたら良かったのですが、ほぼいきなりCNSMの伴奏科に入ったようなものなので、とても大変でした。
袴田:新しく始まったタイミングでのコロナ禍は、きついですよね・・
その年は、CNSM伴奏科の学年末試験と、CRRピアノ科の最終試験が重なっていたということですか?
鈴木:はい。それはもうすごく大変で、全然追いついて行けなかったので、結果もあまり良くありませんでした。
それで、CRRを卒業したタイミングで、ピアノ科の学びは一区切りつけることにして、翌年からはCNSMの伴奏科だけに集中することにしました。
袴田:いい選択だったと思います!留学中は、幅広く興味を持つことも大事ですが、何か一つのことをやり遂げるのも、同じくらい大切ですからね。
ちなみに、伴奏科に向いている人ってどんな人なのでしょうか?
鈴木:まず、僕のように人と演奏するのが’好きな人は、かなり演奏・解釈の可能性が広がるのでおすすめです。
あと、日本人はソルフェージュが強い人が多いから、伴奏科の学びに合っている人も多いと思います。伴奏科でやることって、ソルフェージュ教育の延長線上にあるものが多いので、これまで「伴奏法」というのを学んだことがなくても、すんなりできる人が多いのではないでしょうか。
ただ、ピアニストから伴奏者に方向転換することをおすすめしているわけではありません。
ピアノ科の師匠のエイディ先生は「いい伴奏者であるためには、まずいいピアニストであれ」というのをいつもおっしゃっていて、それはすごく身にしみて感じています。
先生のクラスには、僕のようにピアノ科と伴奏科を掛け持ちする留学生も多くいたので、このアドバイスは全員にされていました。
伴奏だけ集中的に勉強することは大事だけれど、まずはピアノの勉強もフランスでしっかりしてほしい、と思われていたんですよね。
袴田:素敵なお言葉!
せっかくフランスで誰かと一緒に演奏するんだったら、楽器の人と同じ立場で作品の解釈や表現ができるようになってほしい。伴奏ピアニストでも、常に演奏家でありなさいっていうことですよね。
留学生活で一番心に残ったこと
袴田:留学生活で一番心に残ったことは何ですか?
鈴木:修了試験ですね。修了試験を準備している期間が、もう人生で一番心に残っています。
袴田:伴奏科修士課程の修了試験は、一体どのようなことをするのか教えていただけますか?
鈴木:まず、当日に初見演奏が3種類出題されます。
・器楽伴奏(共演者とその場で演奏)
・4声以上の合唱譜
・オーケストラのスコアリーディング
この3つを、1時間かけて本番前に準備します。
そして、ステージ上ではこの初見課題3つと、1週間前に出されるオーケストラ作品のピアノパートの課題1つ、そして自由曲で室内楽作品1曲と、オーケストラのリダクション1曲を演奏します。
1週間前に出されるオーケストラ作品のピアノパートの課題では、ただ弾くだけではなく、ステージ上で指揮者の先生と一緒に合わせて練習する、という特殊な審査もあります。
また、自由曲の2曲のうち、どちらかは1900年以降に書かれた作品であること、という決まりもあります。現代曲に注力しているCNSMならではの風潮ですね。
袴田:実は私も、他の方の修了試験で、室内楽の試験を共演した事があるのですが、この試験、とっても面白いんです。
面白いというか、3曲が初見とは思えないクオリティで演奏されるのでびっくりするんです。
修了試験って聞くと、同じ作品を時間をかけてしっかり準備して・・・というのを想像すると思うのですが、そんな余裕のかけらもない公開試験ですよね(笑)
でも、どの生徒さんもそれをこなせるようになるのだから、尊敬します。
特にCNSMにいたときは、必ず誰かが急な(明日、とか2日後とか)伴奏のお願いにも対応してくれていたので、本当に感謝しています。
袴田:ちなみに鈴木さんは、どんな曲を選んだんですか?
鈴木:自由曲では室内楽をブーレーズのフルートとピアノのためのソナチネ、リダクションをコープランドの交響曲3番4楽章を選択しましたが、この2曲が本当に難しすぎたんです。譜読みを始めた当初は試験に間に合うのか毎日うなされていましたが、先生や友人の協力のおかげで試験では最高に楽しく演奏ができました!
今のキャリアに繋がる、伴奏科での経験
袴田:フランスの伴奏科で学んだことは、今どのようにいきていますか?
鈴木:日本に帰国してからも、ありがたいことに人と一緒に演奏することが多いので、フランスでの経験がそのまま活きています。
特に、スコアが読めるようになって、ピアノですぐに弾けるようになったことがすごく大きいです。
大学の試験の伴奏だと、やっぱりコンチェルトを選ぶ方が多いのですが、その時に自分なりにオケ譜を読んで、音色の違いを表現できるのが、とても楽しいです。
あと、フランスでは「明日弾いてくれない?」や「今日この後学校で本番なんだけど来れない?」など、急で無茶ぶりな依頼も多く、かなり柔軟に対応できるようにもなりました。
なので、日本で1週間前に「急遽申し訳ありません・・・」と頼まれることがあっても、スケジュールさえ空いていれば「全然いいよ!」と言えるようになったので、仕事でも慌てなくなりました。
袴田:とても頼もしいです!私もいつか是非、伴奏をお願いします!
留学したい方へのメッセージ、そして物件詐欺への注意喚起
袴田:最後に、これから留学したい方に向けてメッセージをお願いします。
鈴木:はい、まず先生探しの選択肢が多くて大変だと思いますが、出来れば日本にいるときに、マスタークラス探してを受けるなり、短期で海外に行って講習会を受けるなり、プライベートレッスンを受けるなりして、少しでも自分がいいなと思った先生に習うべきだと思います。
フランスは、何かと自由で、成り行きに任せても問題ない感じがあるし、どうにかなってしまうことも多いのですが・・・
周りを見ていると、成り行きに任せるよりも、自分の意志で留学先を切り開いていっている学生の方が、留学生活が充実しているように見えますね。
なので、先生探しや音楽院探しは、自分から積極的に行動して行くのがいいと思います!
袴田:ありがとうございます。
物件詐欺を乗り越え、伴奏科で新たな可能性を広げられた鈴木さん。これから日本でのご活躍を、応援しています!