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交換留学生から演奏家へ。8年間のフランス生活は、どうキャリアに繋がったのかーサクソフォン奏者・袴田美帆インタビュー

皆さんこんにちは!アドバイザーの吉田佐和子です。

今回は、大学時代にパリへ交換留学、同時に入学したパリ6区音楽院を経て、パリ国立高等音楽院を修了、日本とフランスで演奏活動を行っている、アドバイザー袴田美帆のインタビューをお届けします。

留学前の語学準備や、留学中に挑戦した国際コンクールに対する姿勢など、興味がある方も多いのではないでしょうか?

これまでの経験と8年間のフランス生活から、音楽家の新しいキャリアを提案する、帰国後の活動にも注目です!

袴田 美帆 Miho Hakamada
愛知県一宮市出身。神戸大学国際文化学部卒業。
大学時代にアートマネジメントを学んだ経験から、子どものためのコンサート企画や、美術館・産業遺産でのコラボレーションコンサートの企画・演奏に力を入れ「音楽と社会をつなぐサクソフォニスト」として日本とフランスで活動の幅を広げている。大学在学中、交換留学生としてパリ第7大学人文芸術学部へ1年間在籍。同時に入学したパリ地方音楽院を経て、パリ国立高等音楽院サクソフォン科修士課程、室内楽科並びに即興科を修了。これまでに、ソリストとしてベルギー室内管弦楽団、新日本フィルハーモニーと共演。サクソフォンのオリジナルレパートリーから室内楽、電子音楽、民族音楽や即興演奏など、ジャンルにとらわれない新たな空間芸術の創造に励んでいる。
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目次

サクソフォンとの出会い

神戸大学アートマネジメント研究会・子どものためのコンサートにて

吉田:まず袴田さんは一般大学に進まれていますが、サクソフォンはいつから習われていたのですか?

袴田:サクソフォンを始めたのは小学校5年生の時のクラブ活動で、中・高も吹奏楽部に所属していました。レッスンに通い始めたのは中学からで、月に2回ほど地元の楽器屋さんで、服部玲子先生と鈴木あゆみ先生に習っていました。

フランスに行くまでは、専門的に習っていたわけではないんです。

吉田:そうなんですね!

留学のきっかけ

留学1年目、テュイルリー公園にて

吉田:袴田さんのフランス留学のきっかけを教えてください。

袴田:フランスの芸術文化には高校生の頃から興味があって、サクソフォンの本場がフランスだということも当時習っていた、亀井明良先生から聞いていてたので、フランスに憧れはずっとありました。

あとは、中・高と英語が好きで得意科目だったので、国際系の学部があって交換留学ができる大学を選んで受験しました。

吉田:なるほど。それで神戸大学に?

袴田:はい。芸術全般をもっと学びたいなと思ったのと、なおかつ憧れだったフランス・パリに提携校のある大学を探したら神戸大学の国際文化学部が見つかったので、そこを目指して、頑張って勉強をしました。

入学してからは「アートマネジメント」という分野に出会い、「私がやりたいのはこれだ!」と思って、すぐに子どもコンサートを企画する研究会に入りました。

この授業を担当されていたのは、今でもお世話になっている藤野一夫先生です。

音楽が社会に取り入れられていく仕組みづくりに興味を持ち、ゼミでは関西各地の文化施設に見学・研修に行ったり、芸術文化関係の人たちが参加する集まりにも入れてもらったり・・・とにかくたくさんの事例を見て勉強しました。

神戸大学の卒業を記念して、コンサートを企画

袴田:今こうやって振り返ると、10代の頃からそんな経験ができたなんて、とてもありがたいですね。

他にも、現代アートやフランスのファッション史、パリの美術館のパンフレットでフランス語を勉強する授業など、面白くて興味のある授業ばかりで、神戸大学に入って本当に良かったと心から思っています。

街もおしゃれで夜景も綺麗でしたし・・・!

大学に入学してからは、私と同じように交換留学したい子や、既に留学経験がある子もたくさんいたので、3年生になったら交換留学するんだ!っていうイメージが自然にできていましたね。

なので、それまではとにかく語学を勉強して、2年生の後期に学内選考に申し込み、3年生の後期からパリ第7大学の人文芸術学部へ1年間交換留学をすることになりました。

交換留学と同時に始まった音楽留学

パリ6区音楽院でのコンサート

吉田:なるほど、初めは音楽留学ではなかったんですね。

袴田:そうなんです。でも、せっかくパリに行くなら趣味で楽器も続けたいなと思ったので、中学時代習っていた留学経験のある鈴木あゆみ先生にコンタクトを取って「フランスに留学することになったんですけど、向こうでサクソフォンを習ったりできますか・・・?」という相談をしたんです。

そしたら、パリ6区音楽院で教えていらっしゃるルマリエ・千春先生(以下千春先生)を紹介していただき、3年生の夏休み、千春先生がちょうど日本に帰ってこられてる時期に直接レッスンをしていただきました。

もちろん音楽院に関する知識はゼロ。どの課程に入れるのかなんて全く見当がつかなかったのですが、先生から事前にSpécialisé課程の課題曲は教えてもらっていたので、とりあえずその課題曲だけ準備していましたね。

当時は、自分で調べた大阪の楽器店で月に2回ほど辻本剛志先生に習っており、課題曲の準備は辻本先生に見ていただきました。

でも大学時代は、とにかく楽器を触れる時間が少なくて・・・楽器を続けたければ全部自分でどうにかする、という約束だったので、レッスン代やリード・楽譜代はアルバイトしたお金で払っていました。

やっぱり楽器を続けるのって大変だな、とも感じていましたが、それでも楽器を吹いている時間が楽しくて楽しくて、「楽器を辞める」という選択肢はその頃も今も、一度も頭に浮かんだことはありません。

そして千春先生とのレッスン当日、一通り演奏を聴いて頂いた後、私のレベルならSpécialisé課程を受験できそうだという事で、その場で受験申し込みをして頂き、入試までの1ヶ月くらいは残りの選択曲を準備して、渡仏後無事にパリ地方音楽院の専門課程に合格することができました。

これが私の音楽留学の始まりです!

吉田:素敵なご縁が重なって、今の袴田さんの活動に繋がっていったんですね。

ビザ申請・語学準備について

スロベニアのコンクールにて

吉田:留学の準備などはどのように行われたのですか?

袴田:交換留学の場合、ビザの申請も住居探しも全部大学を通しての申請だったので、本当にスムーズで助かりました。

吉田:そうなんですね!フランス語も大学の授業で取られていたのですか?

袴田:はい。1年生のときから第2外国語として受講していて、それプラス、自分でテキストを買って勉強していました。

あとは、大学2年生の夏休みに、大学のプログラムで1ヶ月間リヨンの語学研修に参加し、朝から夕方まで毎日フランス語漬けだったので、その時にかなり伸びました。

やっぱり現地で学ぶと違うなというのを実感しましたね。

そしてパリ留学直前の夏休みには、隣の大学で開催されていたフランス語集中講座に申し込み、そこでも約1ヶ月間朝から夕方までみっちりフランス語を勉強しました。

事務手続きがスムーズだったことと、語学の準備もしっかりできたことで、留学への不安はほぼなく、とにかくパリ行きが楽しみでしょうがなかったです!

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交換留学と音楽留学の両立で大変だったことは?

パリ国立高等音楽院即興科卒業試験で、機織り文化をテーマにした電子音楽との即興デュオを披露。

吉田:なるほど。ちなみに交換留学と音楽留学を両立する中で、大変だったことはありますか?

袴田:留学してからは、とにかく楽器をたくさん練習できる環境があるのが嬉しくて、どんなに忙しくなっても大変だと思ったことはありません。

大学時代は一人暮らしで練習環境もなく、アルバイトもしていたので週に2回くらい楽器を触るのが限界で、思う存分練習や合わせができるのが幸せでした。

ただ、入学した音楽院の課程が2年だったのですが、交換留学が終わってからも、大学を休学してフランスに残ることに対して少し不安を感じ、心細かったのは覚えています。

それは主にキャリアの不安で、就職活動のタイミングはどうするの?とか芸術関係の職種は何があるんだろう?とか・・・

今思えば、そこからガラッと世界が変わったので、その悩みは全然大したことなかったなと思いますが(笑)

結局、1年目の冬にパリ国立高等音楽院(以下CNSM)の受験を決意し、受からなければ音楽は諦めて就職しようと思っていたのですが、翌年ありがたく合格することができました。

夢のような生活が始まることにワクワクすると同時に、23歳になった年に学士課程に入学したので、修士課程を終わる頃には28歳か・・・と途方に暮れたのも覚えています。

パリ国立高等音楽院での学び

CNSMで組んだカルテットで10日間の中国ツアーに行きました!

吉田:今まで歩んできた道がフランスで本当に大きく変わったんですね!CNSMに入ってからはどのようなことを学ばれたんですか?

袴田:私は音楽大学に通っていたわけではなかったので、初めの2年間は、同級生のみんなが当たり前のようにやってきた曲を、もう倍速でこなしていきました。

6区音楽院で千春先生と一緒に学んだ身体の使い方と基礎力のおかげで、どれだけ練習してもそれに対応できたので、本当にありがたかったです。

そんな風にサクソフォンのレパートリーを進めていくと、すぐに現代音楽まで来てしまって、CNSMでは作曲家の方たちとの交流も沢山あって、そこから一気に現代音楽の世界にはまっていきましたね。

あとは、CNSMでは室内楽の授業が必須なんですけど、他の楽器の人たちと演奏するのもすごく楽しくて、常に2つ、3つとグループを組み、室内楽のレパートリーを広げていきました。

今、世界中で活躍するような素晴らしい奏者や作曲家とCNSMで出会い、毎日一緒に勉強・演奏できたことは、一生の宝物です。

現代音楽への興味

パリ日本文化会館「野平一郎の肖像」

吉田:聴いているだけでパッションが伝わってきます!

現代音楽に興味を持っていったとのことですが、袴田さんが特に惹かれる部分はどういうところにあるんですか?

袴田:作曲家が楽譜に表現してくれていることと、私が吹いたときの感覚がピタッと一致する瞬間、すごく心が動かされるんです。

「この感覚を、こうやってここに創り出そうとしてるのか!」って、一本の線が見えるような感じで。

特に新曲を演奏する時は、作曲家の方と一緒に練習する中で、その曲も育っていくというか、一つの作品がこの世に生まれる瞬間の当事者になれるのって、すごくワクワクするんですよね!

これまで参加した講習会について

スタッフを務める、ブルターニュ国際サクソフォン講習会にて

吉田:留学中、講習会などには参加しましたか?

袴田:はい。1年目が終わる夏休みに、サクソフォンの講習会で一番大規模なギャップ・国際サクソフォンアカデミーと、少人数でアットホームなブルターニュ国際サクソフォンアカデミーに参加しました。

吉田:それはどんなきっかけで?

袴田:留学して1年経っても、まだまだ知らないサクソフォンの先生方もいましたし、色んな国の音楽学生との交流もしたかったので、時間のある夏に2つの講習会に申し込みました。

2つとも10日間くらいの講習会なのですが、ギャップの方は講習生が50人くらいいて、講習会中は寮生活、先生の数も多く、1人の先生につき1レッスンで、アンサンブルのレッスンもある、というなかなかハードなものでした。

ですが、毎日世界中から集まった、才能あふれる仲間たちに囲まれて「これがサクソフォン奏者の世界か・・・!」と、音楽学生初心者だった当時の私は、とても刺激を受けました。

講習会中の出会いもかけがえのないもので、同じ講習会に参加していた子たちと、2、3年後CNSMで同じクラスに!ということも。

それくらい、サクソフォンの世界が狭いということでもありますが(笑)

講習会中は、街の歴史文化施設でコンサートをするのが主流なフランス。

袴田:それに対しブルターニュの方は、12人限定でホームステイ、先生は3人で、1人につき3回レッスンが受けられ、公式ピアニストとも毎日合わせができるという、一人ひとりに寄り添った講習会でした。

それに、夏休み中の教室が練習室として一人一部屋与えられていて、いつでも練習できる環境だったので、毎日のレッスンをスポンジのように吸収・消化できたのを覚えています。

このように、もし時間とお金が許せば、私のように性格の違う講習会を2種類ハシゴして、短期間で色々と比べてみるのもおすすめです。

1ヶ月足らずで、これだけの体験ができ、これだけの情報量が得られるのは、講習会に参加する醍醐味だと思います!

留学中に挑戦したコンクールについて

2019年アドルフサックス国際サクソフォンコンクールにて

吉田:留学中、挑戦したコンクールはありますか?

袴田:地方音楽院時代に3つほど、1位と2位を頂いたフランスのコンクール(ライ=レ=ローズ、パリ、ナント)があるのと、CNSM1年目終わりにスロベニアのコンクールも受けました。それは1次も通らなかったのですが・・・

その後はCNSM3年目に、サクソフォンの生地、ベルギー・ディナンで4年に1回開催されるアドルフサックス国際サクソフォンコンクールに挑戦し、ファイナリストに選んでいただきました。

吉田:素晴らしいですね!ディナンのコンクールは、受けようと思ったきっかけがあったんですか?

袴田:まず録画審査があるのですが、このコンクールのためなら、録画から編集(タイトルをつけたり)まで、全てCNSMの担当の方がやってくださるとのことだったので、こんな恵まれた環境で受けられるのは今しかない!と思って流されるように受けました。

とはいえ、歴史あるコンクールだし、準備する曲も多くて勉強になりそうだったし、録画審査を通ったらホームステイで滞在できるし、こんなに沢山のサクソフォニストの前で演奏する機会もなかなかないと思ったので、賞なんか関係なく、とにかく誰よりもこのコンクールを楽しもう!という気持ちを持つようにしましたね。

ファイナルに残るなんて微塵も思ってなかったので、賞が取れなくても自分の身になるように頑張ろうと決めたんです。

せっかく出れるんだったら、共演するピアニストと一緒に舞台を楽しみたくて、当時ちょうど室内楽を組み始めた高崎優芽さん(以下優芽さん)に伴奏をお願いし、ピアノとのアンサンブルも同時に勉強しました。

準備を始めた頃は、曲が難しくて2人でヒーヒー言いながら練習していましたが(笑)

ファイナリストの表彰式にて

袴田:そんなこんなで、運よく2次に進むことができ、優芽さんと準備していた曲が全部吹けて嬉しいなと思っていたら、2次も通過してファイナルに残れることになって。

課題曲も練習していなかったし、ソリストとしてステージに立てるドレスも持ってなかったし、もう大変でした。

そんな時、パリから友達が何人も駆けつけてくれて、ドレスと髪飾りを持ってきてくれて・・・もうこの時の友達の優しさを思い出すと、嬉しくて今も涙がでます。

吉田:そうだったんですね、そんな話があったとは知りませんでした。

ディナンのあとは、何か他のコンクールにも挑戦されましたか?

袴田:はい。2つほど出たんですけど、変なプレッシャーがかかるのか、いい結果が出なくて。

受ける前から結果を気にするようでは、もうコンクールでの演奏を楽しめないなと思ったので、それ以来ソロのコンクールは受けていません。

でも、レジデンスの募集や、室内楽のオーディションなどは受けました!作曲家とのコラボレーションができたり、リサイタルができたり、美術館などで演奏できたり、アウトリーチに行けたりするものです。

吉田:そうだったんですね。楽しめないならコンクールに出ない!というのも、自分にあった音楽との向き合い方が明確になっている袴田さんらしいですね。

フランスでの演奏活動について

2020年フェスティバルツアーにて

吉田:これまでフランスで様々な演奏活動をされてきたと思うのですが、印象に残ってるコンサートはありますか?

袴田:いろいろあって決められないんですけど、コロナの第1波が落ち着いた2020年の夏、ユダヤ人の作品を演奏する夏のフェスティバルツアーに参加し、収容所の跡地や、歴史記念館を10ヶ所ぐらい回ったのは、忘れられない思い出です。

そのときはまだ屋内のコンサートが出来なくて、全て屋外コンサートだったのですが、みんなが何ヶ月ぶりかの生の音楽を楽しむ瞬間に立ち会えて、感無量でしたね。

あとは、美術館で演奏するために企画書を書いてコンセプトを作ったり、ダンサーやアーティストの方とコラボレーションしたり、フィルハーモニーやオペラ座など、オーケストラにも呼んでいただけたり・・・

ここ2年くらいはありがたいことに、毎月のようにコンサートやパフォーマンスがあって、フランス国内の色んな街に行けて、本当に楽しかったです!

8年間のパリ生活から帰国後、現在の活動は?

Duo Lupinus 美術館公演

吉田:そんな袴田さんですが、この秋に8年間過ごしたパリから帰国したということで、現在の活動について聞かせてもらえますか?

袴田:帰国してからは株式会社Locatellに入社し、主にフランス音楽留学サポート Music discovery事業を担当しています。

フルリモートで働いているため、現在は故郷の愛知県に住んでいて、サクソフォン奏者としての活動もこれまで通り、いえ、これまで以上に活動することが出来ています!

これまで、フランスでは美術館や歴史文化施設など、コンサートホール以外の場所でたくさん演奏をしてきました。

そのため、日本でも近所のカフェや市の文化施設など、身近なところから演奏活動を始めています。そうして音楽と社会が繋がる場所を作っていくことが、私の目指す「音楽と社会を繋ぐアーティスト」としての活動の軸になると考えています。

あとは、これまで私が見てきた世界を、特に日本の若い世代の方たちに伝えたくて、学校や企業での講演会講師としても、地元を中心にお伺いする予定です。

吉田:ちなみに入社を打診されたときはどう思いましたか?

袴田:実は、吉田さんが会社を設立された時から、株式会社Locatellや一般社団法人福知山芸術文化振興会の事業は拝見していたのですが、日本の芸術文化が直面する問題を解決しようという取り組みに以前から共感していました。

なので、このお誘いを受けたときは、これが私の新しいチャレンジだ!と感じました。

当初は、日本で演奏家としてのキャリアも作っていきたいし、フランスでの活動も続けたいし・・という思いもあって、会社員と演奏家を両立できるか心配でした。

でも、吉田さんはそんな悩みも理解してくださり、フレックスタイム制度を導入するなど、会社として私に合った『新しい演奏家の生き方』を一緒に考え、応援してくださっています。

そのため、演奏家としての活動と会社員としての働き方を両立しながら毎日とても充実した生活ができています。

吉田:袴田さんにはこれまでの経験を活かせる留学支援事業や海外アーティストマネジメント事業に関わってもらっていますが、今後も一緒に新しい働き方を模索していけたらと思います。

日本に帰国して大変なことは?

CNSMサクソフォン科修了リサイタル

吉田:現在、袴田さんはアーティストとしての顔だけでなく、社会人としての顔もあるわけですが、大変だと感じることはありますか?

袴田:それはもう、毎日何らかの問題に直面しています。相手を気遣うコミュニケーションや、ビジネスマナーなど、恥ずかしながら今まで知らなかったことや、指摘されても最初は「え、なぜ??」と理解しがたいこともあって・・・

でも、フランス特有のあらゆる感覚を日本仕様に切り替え、日本の社会人としてのマナーを身につけようと頑張っています。

こうして新しいことを学ぶのは、環境を変えないとできなかったことですし、20代のうちにしっかりと日本の社会と向き合うことができて、周りに0から教えてくださる人がいるというのは、とてもありがたいです。

吉田:なるほど。袴田さんの場合、完全帰国したからといって今後もずっと日本だけ仕事をしていくわけじゃないから、やっぱりその切り替えというか、日本で働くときはこう、フランスで働くときはこう、アーティストとしてはこう、みたいな感じで3つ4つくらいのシーンの切り替えができるといいですね。

Music discoveryのアドバイザーとして

パリ国際大学都市・日本館でのコンサート

吉田:フランス音楽留学サポート事業 Music discoveryのアドバイザーとなって、何か感じられることはありますか?

袴田:まず、自分が今まで経験してきたことをもとに、新しく留学を始める人に自分の経験を伝えることができるっていうのは、すごく嬉しいです。

その中で、どこにも書いてないけど大事なことや、もっと広い世界が広がることなど、自分が経験してきたからこそ、そして今だからこそ伝えられる内容も多いので、そういう情報をたくさんの人と共有できるのが楽しいですね!

留学を希望される学生さんや社会人の方とお話する中で、私が一番伝えたくて大切にしたいのは、誰一人として同じ留学の方法はないということです。

私たちは一人ひとりに寄り添ったご提案を大切にしているからこそ、その人に合ったプランをご提案できます。

わたしたちのサポートを受けていただいて「私も留学できるんだ!するんだ!」というイメージが明確になれば、あとは具体的な準備を進めていくだけになります。

吉田:カウンセリングを通して悩んでおられることがクリアになると、皆さんのお顔がすごくパーっと晴れやかになるので、そういう時に私もこの事業を立ち上げて良かったなと思います!

留学したい方へメッセージ

地元のカフェでイベントを企画

吉田:では最後に、留学したい方に向けてメッセージをお願いします。

袴田:もし留学したい!と思っているのなら、どんな形でも、いつのタイミングでも、留学は必ず実現すること、そして日本でできない事でも、留学したら簡単にできてしまうということを忘れないようにしてほしいです。

私も大学で音楽は続けたかったけれど、幅広く勉強もしたかったので、とりあえず一般大学に入ってフランスに行ってみて、音楽を学ぶために必要な文化や歴史を勉強しよう!っていうところから始まったので、何か自分がやりたいなって思うことがあるんだったら、ちょっと視野を広げて、出来るところから動き出すのもいいんじゃないかなと思います。

なので、周りに詳しい人がいなかったとしても、私たちに相談してもらえたら、今まで見えなかった道筋を見つけることもできますので、なんでも頼ってください!

吉田:私たち自身がフランスに留学したことによって得たものがたくさんあるので、この体験を多くの人に伝えていきたいですね。

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