みなさんこんにちは!フランス音楽留学アドバイザーの袴田美帆です。
今回は、パリ国立高等音楽院(=以下CNSM)とフランス国立音響音楽研究所(=以下IRCAM)で研鑽を積んだのち、パリで活動する作曲家・青柿将大さんにお話を伺いました。
青柿さんとはCNSMの同期で、奏法研究や即興演奏をはじめ、現在も様々なプロジェクトを一緒に行っています!
このインタビューでは、長期戦だというCNSMの作曲科受験や、留学中に苦労したこと、また、日本とフランスでの教育現場での気づきや、現代音楽のプロジェクトの違いなども、詳しくお読みいただけます。
青柿 将大 Masahiro Aogaki
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学作曲科を首席で卒業。学内にて長谷川良夫賞受賞。2017年同大学院修士課程修了後、渡仏。2022年パリ国立高等音楽院作曲科を審査員満場一致の最優秀の成績(首席)で修了。第36回現音作曲新人賞入選、聴衆賞受賞。モナコ・ピエール皇太子財団作曲賞 “Le Tremplin Musical 2023” 最終ノミネート。フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)研究員を経て、現在アンサンブル・クール=シルキュイとの提携によりパリ17区クロード・ドビュッシー音楽院にてコンポーザー・イン・レジデンスを務める。作品の一部がBabelScores(フランス)より出版されている。日仏現代音楽協会会員。
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留学のきっかけと受験について
袴田:留学のきっかけから教えてください。
青柿:はい。まず、東京藝術大学(以下=藝大)に入学した頃から、国は特に決めていませんでしたが、漠然と留学したい、という思いはありました。
ただ、周りの先生方や先輩など、フランスで勉強されていた方が多く、藝大の作曲科自体もフランスの教育システムから影響を受けていることもあり、自然とフランス留学の情報が入ってきやすかったんです。
あとはその頃に、CNSM教授のステファノ・ジェルヴァゾーニ先生の作品を知ってファンになり、いつか彼に習いたい、とも思っていたので、留学するならフランスかなとは感じていました。
そして、大学院に入学した2014年の秋、福井県で行われている武生国際音楽祭の作曲ワークショップに初めて参加したのですが、そこでの経験が忘れられず、帰ってきてすぐにフランス留学を決意しました。
その講習会では、国内外からいろんな作曲家や演奏家が来てレクチャーやレッスン、演奏会が連日行われるんですが、その時に受けたインスピレーションが刺激的で、とにかく環境をがらっと変えてみたいなと思ったんですよね。
藝大の院を出た後に留学したので年齢的には若くはなかったですが、CNSMの作曲科の場合は年齢制限も比較的高く、学士課程で28歳未満だったので、院を出てからの受験を決めました。
袴田:そうなんですね!
作曲科の受験ってどんな感じなんですか?
青柿:まず最初は12月に、過去に書いた3作品の楽譜と録音を送ります。
そこから予備審査があり、1月に合否のメールが来て2月に現地の入試を受けに行けるかどうかが決まります。
袴田:全員が受けられるわけではないのですね!
青柿:そうなんです。
現地の試験はまずFormation musicale(フランス式のソルフェージュ)から始まります。
聴音や移調などを中心に、基本的な音楽理論の試験が1日目の午前にあって、昼すぎには次の審査に進めるかどうかの結果発表がありました。
袴田:スピード感が早いですね!
青柿:はい、それですぐその日の午後からは、Commentaire d’écoute(聴き取りからの楽曲分析)があったんですよ。
これは時代やスタイルが異なる5つの曲の録音の断片を聴かされて、それについて形式、編成、スタイル、時代、作曲者名など、とにかく気づいたことはなんでもフランス語で書いていくという試験です。楽譜なしで行う記述式の楽曲分析、のような感じでしょうか。
それが終わると、今度は「20〜21世紀のエクリチュール」っていう名前の12時間のMise en loge(練習室に長時間缶詰になって行う試験)がありました(2024年現在、この試験はMise en logeではなく、各自指定された期間内に自宅や滞在先で仕上げて提出する形に変更されているようです。受験される方はこまめに情報をチェックしましょう)。
ここからちょっと作曲の試験らしくなるのですが、「指定された編成で書きなさい」「こういうリズムパターンや和音を入れなさい」「2つのセクションから構成しなさい」のように割と細かいルールがあって、それらを元に曲を1曲仕上げるっていう内容です。
僕の時は七重奏曲を仕上げなさいという課題でした。
それが終わると、今度は楽曲分析の試験です。
準備時間として1時間半練習室に閉じ込められ、スコアを見ながら録音を聞いて楽曲分析をし、その直後に20分間試験官の前でプレゼンするっていうものでした。
袴田:学士課程の試験にもプレゼンなんてあるんですね!
青柿:はい、もう大変でしたよ(笑)
でもそれが終わると、休む間もなく次の日には今度は30分の面接があって、そこで予備審査で提出した作品についてのプレゼン+質疑応答の時間があるんです。
それが最終審査で、その日の夕方には結果発表がありました。
試験期間は長丁場で、体力と精神力の勝負でしたね。
袴田:聞いているだけで過酷な試験ですね。
青柿:そうですね。あとは、フランス語を書く試験もあれば、喋る試験も、一人で黙々と作業をする試験もあったので、その辺の切り替えが大変だった記憶があります。なかなか身体も休まらないですしね。
留学中の奨学金について
袴田:青柿さんは、留学するにあたって、給付型の奨学金などは利用されましたか?
青柿:日本にいる時に応募したものだと、1年目の半年間、野村財団の奨学金をいただいて留学しました。その後、留学2年目に文化庁新進芸術家海外研修員にも選んでいただきました。
あとは、CNSMの奨学金やフランス国内の奨学金にも応募して、いくつかいただきました。
袴田:素晴らしいです!両方の国からの奨学金をいただけるのは、本当に助かりますよね。
パリ国立高等音楽院で思い出に残っていること
袴田:CNSMの学校生活で思い出に残ってることはありますか?
青柿:やっぱりCNSMの5年間で一番大きなプロジェクトだったのは修了作品ですね。
ずっと興味がありつつもなかなか機会が持てなかった声楽作品の作曲にチャレンジしました。
声楽作品を書いたのは、藝大時代に書いた習作以来11年ぶりだったので、初の本格的な声楽曲という意味でも自分にとって大切な作品になりました。
でも、実は修了作品よりも1年目や2年目に授業についていくのが必死だった時期の方が、印象的ですね(笑)
そもそもフランス語に限らず、語学において「聞く」「話す」「書く」って全部別の能力ですが、作曲科の場合は入試の時点でそれら全てが、しかもある程度のレベルで求められるので、日本にいた時から語学の準備に必死で…
そこから入学して、いざ授業が始まるとなると、またレベルが一気に上がりますし、ただフランス語を一方的に聞くだけでも大変なのに、授業の内容を理解してついていくのって相当なエネルギーを使うんですよね。
その上、友達と話したりするときの日常会話はまた全然違いますし。
なので、フランスに来て最初の方は、それぞれの場面に対応するのが本当に大変でした。
そんなふうに毎日フランス語と格闘しながら生活していて、「自分のフランス語が変わってきたな」って自覚できたのは、もう2年目の終わりくらいでしたね。
袴田:私もそのくらいだった気がします!
青柿:やっぱりそうですよね。
入学する時点でB1を取らなければいけないので、試験対策はみんなすると思うのですが、やっぱり実際に生活していく上で必要な語学力は、資格さえ取れれば身に付くというものでもないですから。
物件探しについて
袴田:フランスに来てからのお住まいはどうされましたか?
青柿:1年目は、日本から情報を集めようとしましたがなかなか見つからず、結局CNSMの寮に申請してそこに住みました。
1年契約で、延長することもできたのですが、せっかくなので現地でまた新しい物件を探しました。
そしたらちょうど、藝大時代の友人が帰国するタイミングで次の入居者を探していたので、そこに引っ越して今もずっと住んでいます。
一軒家の間借りなのですが、大家さんも良い方で素敵な部屋なんです。
袴田:良いお家に巡り会えてよかったですね!
IRCAM (フランス国立音響音楽研究所)について
袴田:青柿さんはCNSMを修了されたあとIRCAMに通われていましたね。
IRCAMについて教えていただけますか?
青柿:はい。IRCAMは、作曲家・指揮者のピエール・ブーレーズが創設した研究所で、日々コンピュータ音楽に関する研究や創作活動が行われています。
そこにある、若手作曲家を対象とした研修課程(以下Cursus)に、2022年の10月から2023年の9月まで1年間在籍しました。
平日は毎日10:00から17:30までみっちり授業があって、それに加えて年の前半はミニ・プロジェクトという作品発表が毎月あり、後半は9月の修了コンサートに向けて準備していきます。
Cursusはバカンスがクリスマスしかなく、9月が修了コンサートということで夏の間も皆スタジオにこもって作業していたので、本当にノンストップの凄まじい1年でした(笑)
そこで一番大きかったのは、やっぱりメンターだったピエール・ジョドロフスキ氏をはじめ、美学が異なる作曲家たちとの出会いですかね。
生徒は毎年、世界中から10人選ばれるんですが、エレクトロニクスっていうものに対するその視点がやっぱり人それぞれ全く違うんです。
自分の場合は、日本でずっと五線紙に書く器楽作曲を専攻してきて、留学してからCNSMでフランスの伝統的なエレクトロニクスについて基礎から学んだという流れでした。
でも、Cursusだと、例えば同級生には、作曲家であると同時にパーカッショニストの子たちがいて、エレクトロニクスを使った即興というものも活動の主軸になっていたり、あるいはプログラミングのコードを書いて既存のソフトウェアを自分だけの環境にカスタマイズしている子たちもいたり…
元々器楽作曲家の視点から、あくまで一つの選択肢としてエレクトロニクスに触れていた自分にとって、より身体的で即興的なツールとしてそういうものを日常的に軽々と操っているような国際色豊かなクラスメイトたちとの出会いは、とても面白かったです。
ジョドロフスキ先生が、その一番良い例だと感じていて、彼はとにかくこれまで自分が出会ってきた先生たちとは全然違うタイプの方でした。
もちろん授業では技術的なこともたくさん学びましたが、彼がいつも言っていたのは「多孔性を大切に」ということです。つまり、音楽以外のジャンルについても、何に対しても、常に風通しを良くしておけ!っていうスタンスですね。
音楽院は専門的な教育機関であるがゆえに、良くも悪くも音楽だけに集中してしまいがちですが、ジョドロフスキ先生は音楽以外のジャンルについても、常にアンテナを張りながら活動されているんです。
彼の「ただ他のジャンルのアーティストたちと一緒に仕事して終わり、ではなく、『コラボ相手のダンサーや舞台俳優がどういうふうにウォーミングアップするのか?』『普段の舞台の企画・運営はどうなっているのか?』『そのためにお金がどういうふうに動いているのか?』『それらは音楽の世界と比べて何が同じで何が違うのか?』などを、全てひっくるめて注意深く観察し、学んでいる」という姿勢はなかなか誰にでもできるものではないと思います。
現在の活動|コンポーザー・イン・レジデンス
袴田:現在の活動を教えていただけますか。
青柿:はい。今ある作曲のお仕事の一つとして、パリ17区のドビュッシー音楽院のコンポーザー・イン・レジデンスを務めています。
これは、パリの現代音楽演奏団体の一つ、Ensemble Court-circuit(アンサンブル・クール=シルキュイ)と17区の音楽院との共同企画なんです。
このレジデンスの期間は2年間で、メインのプロジェクトとしてこの期間中にCourt-circuitのメンバー数人+音楽院の生徒(子ども)たちのアンサンブルのための30分の教育的な作品を書き、2025年に初演が予定されています。
袴田:子どもたちも、プロの奏者と共演できる機会があると、嬉しいですよね!
青柿:そうですね!
また、このプロジェクトの中には音楽科とダンス科とのコラボレーションも含まれているので、そちらも楽しみです。
袴田:すごく面白いレジデンスですね。2年間あると、子どもたちとの距離も近くなりそうですし、教育現場とプロの現場両方での学びがありそうです!
青柿:そうなんですよ。
もちろん、演奏者のほとんどは子どもたちなので、「どこまでの奏法を使ったら良いのか?」「どこまで求めていいのか?」という現実的な問題も考えながら作らなければいけません。
また、「彼らがあまり慣れ親しんでいないタイプの音楽を、どうやったら楽しんで演奏してもらえるだろうか?」というのを考えつつ、日々試行錯誤しています。
30分の大きな作品を書くに当たって、不定期的にワークショップというものが行われています。
Court-circuitのメンバーや音楽院の教授が立ち会い、アドバイスをもらいながら、子どもたちが知らなかった音の世界を発見していく、そして僕もスケッチを持っていって皆で試していく、という場です。
最終的に楽譜を書くのは僕ですが、現場でいろいろ試しながら、皆で作品を少しずつ作っていく感じですね。
袴田:そのコンポーザー・イン・レジデンスは、どのようにして選ばれたのですか?
青柿:実はCNSMの修了作品を演奏していただいたのが、Ensemble Court-circuitだったんですが、そこの芸術監督を務めていらっしゃる作曲家のフィリップ・ユレル氏が、演奏を聴いて、コンポーザー・イン・レジデンスのポストに推薦してくださったんです。
袴田:すごいですね!
青柿:はい、すごく光栄なお話でした!
日本とフランス|現代音楽のアンサンブルについて
袴田:現代音楽の分野で、日本とフランスの違いについてどう感じられますか?
青柿:やはり、現代の音楽に特化した優れたアンサンブルがたくさんあるのが、海外の特徴の一つですね。
最近は日本でも、小規模なものも含めると、少しずつアンサンブルの数は増えてきている印象です。
ただ、個人的に違うと感じるのは、そうしたアンサンブルやホール、音楽院という組織がどのくらい現代音楽に関する教育という部分に参画しているかでしょうか。
先日、HANATSU Miroir(ハナツ・ミロワール)という、ストラスブールを拠点とする現代音楽アンサンブルの公演を聴きに行ったのですが、プログラムや進行がとても面白かったんです。
1時間弱のやや即興的なパフォーマンスだったんですが、スコアはなく、演奏家の手元にあるパート譜も音符ではなくメモ程度の文章で記されていましたし、演奏中は観客も音を出して参加できるような工夫がされていました。
このコンサートは小さい子でも入場可で、親子で聴きに来ていたお客さんもかなり多かったです。
終演直後には体験型のアトリエがあって、子どもたちがプロの奏者たちに質問したり、エレクトロニクスを用いたシステムで「改造」された楽器で遊んだりと、楽しそうに交流している様子が伺えました。
パリのフィルハーモニーでも親子向けの現代音楽公演が開催されていて何度か行っていますが、このように子どもでも気軽に楽しめるイベントの一環として現代音楽が取り上げられる機会が多いのは、フランスの特徴の一つかもしれません。
他にも無数にある音楽院と特定のアンサンブルが提携を結んで、時にはコンポーザー・イン・レジデンスを置いて教育的プロジェクトをやっているのをあちこちで見かけますし、それから、子どもではないですが教育現場と言えば、CNSMの第3課程には現代音楽演奏科がありますね。
これは近年アンサンブル・ネクストという名前に変わり、アンサンブル・アンテルコンタンポランや作曲クラスと密接な関わりを持って精力的に活動しています。
こうした若い世代の演奏家たちからアイディアが広がって、これからの音楽が発展していくのではないかなと思っています。
アーティストビザについて
袴田:青柿さんは、昨年学生生活を終えられたとのことですが、現在はどのようなビザで滞在されているのですか?
青柿:今は、アーティストビザ(Passport talent)を取得しています。
学生ビザから切り替えて、とりあえずは1年半いただけましたが、その後に更新できるかどうかはまだわかりません。
袴田:アーティストビザの更新について、簡単に説明していただけますか?
青柿:はい。更新の書類で重要なのは、ビザの期限が切れる2ヶ月前までに、アーティストとしての仕事がフランスで今後も控えていること、そしてその収入がSMIC(法定最低賃金)に基づいた規定額に達していることを証明しなくてはいけないことです。
フリーランスの作曲家だと、委嘱やレジデンスの契約書の提出ですね。
これらの書類は、契約先の機関に証明書や契約書を発行してもらわなければいけないので、場合によっては準備にすごく時間がかかるんです。
なので、かなり前もってプロジェクトの計画をしないと、「更新したい時に書類がない!」という状態になってしまいます。
あとは、管轄によってビザの取得のしやすさやもらえる年数も違うという噂も聞いたことがあり、正直やってみないとわからないところではあります。
袴田:そうですよね。要項通りしっかり書類を揃えて、期限までに提出する!というのを守った上で、フランスの行政関係は「人による」というのも覚えておくのがいいかもしれませんね(笑)
これから留学したい人へ向けたメッセージ
ディオティマ弦楽四重奏団のアカデミーに作曲家として参加
袴田:最後に、これから留学に行きたい人に向けてメッセージをお願いします。
青柿:言葉や文化が違うところに行くっていうのは、その国との相性もあるし、そんなに簡単に決められることではないかもしれません。
ですが、もしその国に興味があって、金銭面などの条件が許すのであれば、「とりあえず行ってみよう!」くらいの気持ちで行くと、案外なんとかなるものだとお伝えしたいです。
語学面だったり、住居面だったり、なかなか初めは思うように行かないものですが、住んでみると時間が解決するところもあると思うので、気負いすぎないでほしいですね。
もちろん人によって語学の伸び方だって違うし、適応のしやすさも違うので、慣れるまで時間がかかることもありますが、大体のことは何とかなりますから、あまり深刻に考えすぎず、「留学したい!」っていうモチベーションを大切にしてもらいたいです。
袴田:そうですよね!
私も生活面の不安は大きかったですが、住んでみると案外大丈夫なんですよね。
それよりも、その国でしかできないことを見つけること、楽しむことにエネルギーを使うべきだと思います!
青柿:はい。そのモチベーションって、時間が経っても同じとは限らないし、やる気のあるうちに行動するのが良いと思います。
とりあえず海外にいきたいという気持ちが少しでもあるなら、旅行でも短期留学でも、なんでもやってみましょう!