皆さんこんにちは!アドバイザーの袴田美帆です。
このたび、パリ地方音楽院とベルン芸術大学大学院を卒業し、日本で音楽・教育活動を行っているユーフォニアム奏者・原厳汰が、Music Discovery初の金管担当アドバイザーに就任いたしました。
フランス、そしてスイスでの留学を通じて、トップクラスの教育を体験した原さん。
留学生活で磨かれた技術と感性を、現在は「Terakoya」の活動を通じて次世代へと伝えています。
海外留学を決意したきっかけから、フランス・スイスでの学びや演奏活動、そして帰国後の日本の音楽界への思いをお伺いしたインタビューをお楽しみください!
原 厳汰 Genta Hara
東京都出身。2020年パリ地方音楽院卒業、DEMを取得。2022年ベルン芸術大学大学院音楽演奏コースを最優秀成績で修了。留学中、フランスのAeolus Brass Band(チャンピオンシップ部門)やスイスのRBB Brass Band(エリート部門)でプリンシパル奏者を務め、全部門で日本人として初めてプリンシパル奏者として優勝。また、L’Orchestre d’Harmonie de LevalloisではSaxhorn bases奏者として活動。国内外のソロコンクールやブラスバンドコンクールで数多くの受賞歴を持つ。これまでにユーフォニアムを外囿祥一郎、Bastien Baumet、Thomas Ruedi、Gilles Rocha、Rex Martinの各氏に師事。その音楽活動はユーフォニアムだけでなく、サクソルンバス、声楽、セルパン、指揮など多岐にわたる活動を展開。日本での優秀な音楽家育成を目指し、パートナーの森内夕貴氏とともにTerakoyaを設立し、フランスとスイスの国立音楽学校で得たノウハウを活かし後進の指導に力を注いでいる。
X / Instagram / Youtube
フランス留学のきっかけ
袴田:留学のきっかけを教えていただけますか?
原:はい。2017年に開催された「チューバランド」というイベントがきっかけです。
これは、フランスのユーフォ・チューバ奏者が多く集まるイベントで、シャンベリ近郊で行われました。
袴田:その頃は大学に通われていたのですか?
原:いえ、浪人中でした。
もともと東京藝術大学を目指していたのですが、当時師事していた外園先生から「パリ国立を受けてみたら?」と言われ、藝大を目指すのをやめてフランス留学を目標にすることにしました。
その後、講習会での体験が衝撃的で、中学生くらいの子が日本の音大卒業生よりも上手いと感じるほどでした。
なので翌年の夏にフランスへ渡り、2018年9月からパリ地方音楽院(13区音楽院)でバスティアン・ボーメ先生のもとで学びました。
浪人後、一応東京音楽大学にも在籍していたのですが、環境に物足りなさを感じ、より高いレベルで切磋琢磨できる仲間を求めてフランスへ行く決意を固めました。
パリ地方音楽院時代の思い出
袴田:フランス留学後、最初に入学されたパリ地方音楽院(13区音楽院)での思い出はありますか?
原:13区の音楽院では、授業の出欠がすごく厳しかったことをよく覚えています。
日本に帰らなきゃいけない用事があった際も、欠席届を出して調整する必要があったんです。
また、受付のおじさんと仲良くなると練習室を融通してくれるなど、学校生活における人間関係がとても大事なことも学びました。
こうした人と人との関わり方がフランスらしいですよね。
あとは、同じ学校で他の楽器の方との繋がりが多かったのも印象的です。
例えば、伴奏科の授業にソリストとして参加すると、ピアニストの方々に伴奏していただけるだけでなく、ピアニスト自身も実践的な即興演奏や初見の練習をする機会となり、双方にとって大きなメリットがありました。
また、小さな建物の中で数多くの音楽の機会に恵まれたことは、本当に貴重で素晴らしい経験でした。
袴田:パリ地方音楽院には何年在籍されていましたか?
原:2年間です。DEMを取得して、その後ベルン芸術大学(以下:ベルン)の修士課程に進みました。
袴田:ベルンを目指すきっかけは何だったのでしょうか?
原:フランスでは感覚的に音楽を勉強していたのですが、最終的には理論的に音楽を仕上げたいと思い、ベルンに進むことを決めました。
CNSMのフィリップ・スリッチ先生も、直接先生のレッスンを受けた際に「レッスンを受けたければクラスに来てくれていいよ」と言っていただけたので、拠点はベルンに移しました。
フランス留学中に辛かったこと
袴田:何か留学中に辛かった経験はありますか?
原:現地のことがよく分からない中でトラブルがあると、対応がすごく大変でした。
家ではネズミが出たり、大家さんが変わった人だったり(笑)
あとは自転車やカバンが盗まれたりしましたね。
袴田:それは大変でしたね…。
原:盗まれたカバンには貴重品は入っていなかったので大丈夫でしたが、自転車はしっかりチェーンで固定していたのに盗まれてしまったんです。
そういう経験を経て、精神的にかなりタフになったと思います。
袴田:そうだったんですね。被害に遭わないことが一番ですが、いざ問題が起きたときに冷静に粘り強く対処する力は、ヨーロッパでの生活において欠かせないものですね。
フランス語、ドイツ語の語学準備について
袴田:フランス語の勉強はいつから始められたのですか?
原:藝大受験に失敗したとき、先生にフランス留学を勧められて、すぐに勉強を開始しました!
袴田:早くから準備されていたのですね!
原さんは、ベルン(スイスのドイツ語圏)にも留学されれいますが、フランス留学中にドイツ語も勉強されたのですか?
原:はい、受験を決めてから、生活に必要な最低限のレベルまで勉強しました。
袴田:ベルンの授業は、やはりドイツ語が中心だったのですか?
原:ドイツ語の授業もありましたが、学校には英語とフランス語のオプションがあったので、私はそちらの授業を選んで受けていました。
入学試験もフランス語で行い、修士論文もフランス語で書きました!
スイス・ベルンの留学生活について
袴田:ベルンの学生生活の思い出をお伺いできますか?
原 厳汰:ベルンは全体的に物価が高くて、電車代も結構高かったんです。
それで貧乏生活でしたね(笑)
でも自然が豊かで、それが大きな満足感になりました。
それから、ブラスバンドがとても活発な国だったので、そこにも魅力を感じていました。
パリではチャンピオンシップクラスでプリンシパルをやっていたんですが、スイスに移ってもブラスバンドに入りたくて…
最初はどこも満員で入れなかったんですが、たまたまコロナで辞めた人がいて、そのポジションに入れてもらえました。
ただ、1年目はコロナの影響で活動がほぼなくて、2年目にようやく少しずつコンクールや練習が再開されましたね。
袴田:金管の学生さんたちは、積極的にブラスバンド活動をされている方が多いのでしょうか?
原:はい、ソロ曲よりも、ブラスバンドの中で書かれているパートの方が難しいことが多いんです。
特にテクニカルな曲が多いので、すごく勉強になります。
僕自身、パリでのチャンピオンシップクラスでは難易度の高い曲を吹いていましたが、そこにいるメンバーはみんなパリ国立出身者ばかり。
初見で楽譜を渡されても、すぐ演奏して練習はほぼなしという環境でした。
そういった環境で鍛えられて成長できたのは、とても良い経験でしたね。
袴田:すごいですね!オーケストラとはまた違った世界ですね。
原:そうですね。ブラスバンドの世界は独特です。
例えばフランス空軍にもブラスバンドがあり、そこで職を得る人も多いです。
それにブラスバンドはトッププレイヤーが集まることが多いので、勉強にもなります。
袴田:素晴らしいですね!
留学中はずっとユーフォニアムを学ばれていたのですか?
原:ユーフォニアムと、向こうで有名な「サクソルンバス」という楽器をメインに学日ました。
アドルフ・サックスが設計した初期の形に近い楽器です。
そのほかには、セルパンや声楽にも挑戦しました。
セルパンは音程が難しいですが、ベルリオーズなどの現地の音楽に触れる中で興味を持ち、少しずつ勉強していきました。
袴田:色々な楽器を経験されたのですね。
セルパンは難しいと聞きます・・・!
原:はい、とても難しかったですが、現地でしか得られない体験なので、やれることは全て学びたいと思って挑戦しました。
フランス・スイス留学から帰国後の活動について
袴田:帰国後の活動についてお伺いできますか?
原:留学を終えて感じたのは、日本の音楽家になるための土壌がとても痩せているということです。
多くの日本人が海外経験を経てプロの第一線に立っていますが、逆にフランスから日本に留学するケースはありません。
この差を埋めるため、日本にいながら海外のような学びが得られる場所を作りたいと考えています。
現在「Terakoya」という活動を始め、海外で学んだことを発信する場を作っています。
例えば、ファビアンやバスティアンといった講師を招き、レッスンや音楽家としての講義を行い、現場での学びやオンライン学習を組み合わせています。
袴田:具体的にはどのような企画をされているのですか?
原:マスタークラスやグループレッスンを開催し、技術的な基盤をしっかり作ることを重視しています。
パリでは常に限界までテクニックを磨いて楽曲に取り掛かるときに時間の多くを音楽を深めるために充てることができるので、日本にその考えを広めたいです。
そのため、低音のコントロールや基礎練習などの楽器コントロールの重要性も共有しています。
おかげさまで寺子屋では向上心の高い学生が集まり、切磋琢磨するコミュニティができています。
さらに、若手の音楽家を応援するイベントや、世界で通じる知識共有なども進めています。
袴田:とっても素敵ですね!これからの「Terakoya」が目指しているものを教えてください。
原:日本から海外に行くことなく、世界で活躍できる音楽家を育てる環境を作ることです。
若い世代が輝ける機会を増やし、未来の音楽界を支える土壌を作りたいと思っています。
袴田:若くて才能ある人々の活動を支える仕組みとは?
原 :そうですね、才能ある若手に資金を渡して、音楽を広げるサイクルを作りたいです。
活動の舞台が「お寺」なのも魅力で、非日常的な空間で音楽を楽しむ体験は貴重です。
この間もベルンの先生を招いて寺子屋を開催しましたが、25人ほど集まり、一期一会の良さを実感しました。
これから留学する人へのメッセージ
袴田:最後に、これから留学を考えている人に向けたメッセージをお願いします。
原:まずは勇気を持って一歩を踏み出してほしいです。
失敗してもいいので、行動することが大事。
しなかったことを後悔するよりも、してからの後悔の方が意味のあるものだと思いますし、その一歩が未来への道を拓くと思います!
袴田:貴重なお話をありがとうございました。これからの「Terakoya」の活動、応援しています!